問題設定
Kelly基準に関する計算に慣れて楽しくなってきたので、もう一つの変形バージョンとして資産の平均と分散で効用関数を定義して、それを最大化する問題を考える。わかりやすい例は期待効用関数を二次関数で定義する方法で
\[ \small E[u(W)]= \mu_W-\frac{\gamma}{2}\sigma_W^2 \]
とする方法である。ここで、\(\small \mu_W\)は期待リターン、\(\small \sigma_W^2\)はリターンの分散を表す。これはCRRA型効用関数に近い性質を持っている(CRRA型効用関数については以下の記事を参照)。
効用関数を
\[ \small u(W) = \left\{ \begin{array}{ll}\frac{W^{1-\gamma}-1}{1-\gamma},& \quad \gamma \neq 1 \\ \log(W), & \quad \gamma=1 \end{array}\right. \]
と置いて、\(\small W=1\)周りでテイラー展開すると
\[ \begin{align*} \small u(W) & \small \approx u'(W)|_{W=1}(W-1) + \frac{1}{2}u^”(W)|_{W=1}(W-1)^2 \\ & \small = (W-1)-\frac{\gamma}{2}(W-1)^2 \\ & \small \approx \mu_W -\frac{\gamma}{2}\sigma_W^2 \end{align*} \]
と近似することができる。資産の期待値と分散で効用関数を定義するという考え方は金融経済学ではよく用いられる方法である。実際に、Kelly基準を株式投資などに応用する場合に
\[ \small u(W)= \mu_W-\frac{1}{2}\sigma_W^2 \]
と定義して計算することもある(この方法はいくばくかの問題を抱えているんだけど。詳しく知りたい読者は筆者のペーパー”On the Kelly Criterion in Stock Investment”を参照)。この場合における最適な賭け戦略を導出しよう。
平均分散型効用関数に関する最適な賭け戦略
一般的なKellyの公式同様に、胴元の手数料(House Edge)がある場合を考察しよう。すなわち、\(\small n\)個の選択肢のうち、1つが当選するものとし、各選択肢に賭けられた賭け金を\(\small A_1,\cdots,A_n\)と表すとき、各選択肢のオッズは
\[ \small \alpha_i = \frac{(1-\theta)\sum_{i=1}^n A_i}{A_i} \]
で与えられるものとする。ここで、\(\small \theta\)は胴元の取り分比率である。このとき、オッズから逆算した当選確率の合計は1にならず、
\[ \small \sum_{i=1}^n q_i = \sum_{i=1}^n \frac{1}{\alpha_i} = \frac{1}{1-\theta} > 1 \]
となることに注意する。いまギャンブラーが推定した当選確率を\(\small p_1,\cdots,p_n\)と表し、手元に残す資金の比率を\(\small b\)と表す。このとき、平均分散型効用関数を最大化するギャンブラーの最適化問題は
\[ \begin{align*} \small \max_{b, f_1, \cdots, f_n} \; & \small E[u(W)] \\ \small \text{s.t.} \; & \small b + \sum_{j=1}^n f_j = 1, \; b \geq 0, \; f_j \geq 0 \; \forall j \end{align*} \]
と表すことができる。ここで、
\[ \begin{align*} & \small E[u(W)]= \mu_W-\frac{\gamma}{2}\sigma_W^2 \\ & \small \mu_W = E[W] = \sum_{j=1}^n p_j (b+f_j\alpha_j) \\ & \small \sigma_W^2 = E[W^2]-E[W]^2 \\ & \small \quad \;\;\: =\sum_{j=1}^n p_j (b+f_j\alpha_j)^2 -\left(\sum_{j=1}^n p_j (b+f_j\alpha_j)\right)^2 \end{align*} \]
である。計算の簡略化のため、リターンではなく富に関する二次関数で定義しているが結果が同じになることは理解できるだろう。
Kelly基準と同じ要領で上記の最適化問題の解を求めよう。スラック変数\(\small \small k,\lambda_1,\cdots,\lambda_n\)を導入して、Lagrangianを
\[ \small L(b, f_1,\cdots, f_n, k, \lambda_1,\cdots,\lambda_n) = E[u(W)] + k \left( 1-b- \sum_{j=1}^n f_j \right) + \sum_{i=1}^n \lambda_i f_i \]
と定義し、Karush-Kuhn-Tucker(KKT)条件を求めれば、
\[ \begin{align*} & \small \frac{\partial L}{\partial f_i} = p_i\alpha_i\left(1+\gamma \xi -\gamma(b+f_i\alpha_i)\right)-k + \lambda_i = 0, \quad \forall \; i \\ & \small \frac{\partial L}{\partial b} = \sum_{j=1}^n p_j(1+\gamma\xi-\gamma(b+f_j\alpha_j)) – k = 0 \\ & \small \frac{\partial L}{\partial k} = 1 -b -\sum_{j=1}^n f_j = 0 \\ & \small \lambda_if_i = 0, \quad \forall \; i \end{align*} \]
を得る。ここで、
\[ \small \xi = E[W] = \sum_{j=1}^n p_j (b+f_j\alpha_j) = b+\sum_{j=1}^n p_jf_j\alpha_j = b+\sum_{f_j>0}p_jf_j\alpha_j \]
である。KKT条件の第2式から、
\[ \small k= \sum_{i=1}^np_i=1 \]
を得ることができる(実をいうとこの式は嘘であり、効用関数が二次関数である場合は\(\small b<0\)である可能性があるため、これを制約条件として考慮しなければならない。簡便のため、ここでは\(\small b \geq 0\)が成り立つという前提でこの式が正しいと仮定する。)。\(\small f_i>0\)である添え字のKKT条件の第1式を\(\small f_i\)について整理すると
\[ \small f_i=\max\left\{- \frac{q_i^2}{\gamma p_i}-\left(b-\xi-\frac{1}{\gamma} \right)q_i, 0 \right\} \]
が成り立つ。KKT条件の第2式について、\(\small f_i>0\)である項と\(\small f_i=0\)である項を分けて集計すると
\[ \small \sum_{f_i>0} \frac{1}{\alpha_i}+ (1+\gamma\xi-\gamma b)\sum_{f_i=0} p_j = 1 \]
を得る。
\[ \small \sum_{f_i=0} p_j = 1- \sum_{f_i>0} p_j \]
であるから、
\[ \small b+ \frac{1}{\gamma}\left(\frac{1-\sum_{f_i>0}\frac{1}{\alpha_i}}{1-\sum_{f_i>0}p_i}-1\right) = \xi \]
が成り立つ。\(\small f_i\)の式に代入すると
\[ \small f_i = \frac{1}{\gamma}\max\left\{- \frac{q_i^2}{p_i}+\left(\frac{1-\sum_{f_i>0}q_i}{1-\sum_{f_i>0}p_i}\right) q_i , 0 \right\} \]
を得る。
\[ \small b = 1- \sum_{f_i>0}f_i \]
であるから、手元に残す資金\(\small b\)は
\[ \small b= 1-\frac{1}{\gamma}\left[- \sum_{f_i>0}\frac{q_i^2}{p_i}+\left(\frac{1-\sum_{f_i>0}q_i}{1-\sum_{f_i>0}p_i}\right) \sum_{f_i>0}q_i \right] \]
と計算できる。
あとは手元資金\(\small b\)が最小になるように\(\small p_i,q_i\)を足し合わせる範囲を定めれば良い。一般性を失うことなく、ギャンブラーにとって有利な選択肢に添え字を並び替えるものとする。すなわち、\(\small p_1 /q_1 > p_2 /q_2 > \cdots > p_n / q_n \)を仮定する。このときのギャンブラーにとっての最適な賭け金比率は
\[ \small t^{\ast} = \arg \min_t \left(1-\frac{1}{\gamma}\left[- \sum_{i=1}^t\frac{q_i^2}{p_i}+\left(\frac{1-\sum_{i=1}^tq_i}{1-\sum_{i=1}^tp_i}\right) \sum_{i=1}^tq_i \right]\right)\quad s.t. \;\; \sum_{i=1}^t q_i < 1 \]
を満たす\(\small t^{\ast}\)を計算して(ここで、\(\small \arg \min_t f(t)\)は\(\small f(t)\)を最小にする\(\small t\)の値を表す)
\[ \begin{align*} & \small f_i = \frac{1}{\gamma}\max\left\{- \frac{q_i^2}{p_i}+\left(\frac{1-\sum_{i=1}^{t^\ast}q_i}{1-\sum_{i=1}^{t^\ast}p_i}\right) q_i , 0 \right\} \\ & \small b= 1-\frac{1}{\gamma}\left[- \sum_{i=1}^{t^\ast}\frac{q_i^2}{p_i}+\left(\frac{1-\sum_{i=1}^{t^\ast}q_i}{1-\sum_{i=1}^{t^\ast}p_i}\right) \sum_{i=1}^{t^\ast}q_i \right] \end{align*} \]
と計算できる。以上が平均分散型効用関数を持つギャンブラーの最適賭け戦略である。実際に計算してみると現実的な\(\small \gamma\)について、CRRA型効用関数で計算した結果と近似的に一致する解を導出することが確認できる。
フラクショナル・ケリー戦略
この問題の解の面白い性質は賭け金比率\(\small f_i\)が相対的リスク回避度\(\small \gamma\)に反比例することである。例えば、\(\small \gamma=1\)の解を\(\small f^{\ast}_i\)とおくと、任意の\(\small \gamma\)に関する解\(\small f_i^{\gamma} \)は
\[ \small f_i^{\gamma} = \frac{1}{\gamma}f_i^{\ast} \]
で計算できる。\(\small \gamma=1\)の解はKelly基準の解と近似的に一致するのであったから、Kelly基準の賭け金比率を一定の値で割った分だけ賭ける戦略になるだろう。このようなKelly基準のポートフォリオに掛け目を掛けて賭ける戦略をフラクショナル・ケリー戦略(Fractional Kelly Strategy)という。具体的に、\(\small \gamma =2\)とする場合はハーフケリー、\(\small \gamma = 3\)とする場合は\(\small 1/3\)ケリーなどと言われる。平均分散型の効用関数はCRRA型の効用関数の近似であったから、これらの戦略は実を言うと相対的リスク回避度が\(\small \gamma\)であるCRRA型の効用関数を最大化する戦略と近似的に一致している戦略であることが分かる。これが純粋に経験則から導かれたものであるのか、最初から理論的にCRRA型の効用関数を想定して考えられたものであるのかは不明である。
参考文献
[1] Ethier, Stewart N. The Doctrine of Chances: Probabilistic Aspects of Gambling. Springer-Verlag, 2010.
[2] Hirano, Kaname, On the Kelly Criterion in Stock Investment, SSRN Paper, 2023.
[3] Huang, Chi-Fu and Robert H. Litzenberger, Foundations for Financial Economics, North Holland, 1988.
[4] Kelly, John L. A New Interpretation of Information Rate. Bell System Technical Journal, 1956.
[5] Thorp, Edward O., The Kelly Criterion in Blackjack, Sports Betting, and the Stock Market. S.A. Zenios and W.T. Ziemba eds., Handbook of Asset Liability Management, Vol.1. Theory and Methodology, pages 385–428, 2006.