概要
数学のブログなのに最近はテキサスホールデムのことばかり書いていたので、たまには本来の趣旨である数学の内容を書いてみようかという気分になった(まあ、筆者のただの趣味のページという意味ではテキサスホールデムも趣旨通りであるかもしれないけど)。筆者は著書の中で、本来の複素関数は2変数関数であり、一般的な複素解析や複素関数論で扱われる1変数の複素関数(正則関数)は特殊なものであるということを述べたが、この複素関数(正則関数)の微分について簡単に記述してみよう。
実関数の微分
空間の完備性など極限をとる操作の正当性を認めれば、実関数\(\small f(x)\)の微分は以下のように定義できるだろう。
\[ \small \frac{df(x)}{dx} = \lim_{h\rightarrow 0} \frac{f(x+h)-f(x)}{h} \]
例えば、\(\small f(x)=x^2\)の場合は
\[ \small \frac{df(x)}{dx} = \lim_{h\rightarrow 0} \frac{2xh+h^2}{h} = 2x + \lim_{h\rightarrow 0} h = 2x \]
と計算できる。
\(\small h\rightarrow 0\)と書いたが、この操作は\(\small h < 0\)から近づけることもできるし、\(\small h > 0\)から近づけることもできる。負の値から近づけた場合の微分係数を左側微分係数、正の値から近づけた場合の微分係数を右側微分係数という。関数\(\small f(x)\)が座標\(\small x\)で微分可能である場合は、左側微分係数と右側微分係数は一致することになる。これが一致しない例は、\(\small f(x) = |x|\)で\(\small x=0\)における微分を考える場合である。\(\small h_+>0\)の場合
\[ \small \frac{df(0)}{dx} = \lim_{h_+\rightarrow 0}\frac{|h_+|-0}{h_+} = 1 \]
であるのに対して、\(\small h_-<0\)の場合
\[ \small \frac{df(0)}{dx} = \lim_{h_-\rightarrow 0}\frac{|h_-|-0}{h_-} = -1 \]
となり、微分係数が異なることになる。通常意味においては\(\small f(x) = |x|\)は\(\small x=0\)において微分可能ではないということになるだろう。
複素関数の微分
実関数の場合、正の方向から近づくか負の方向から近づくかの2通りを考えればよかったが、複素関数\(\small f(z) ,z=x+yi\)を考える場合は、空間を2次元(複素数平面)で考えなければならないため、極限操作をする場合に、どの方向から近づくかということについて無限のバリエーションが存在することになる。複素関数における微分を考える場合、\(\small \Delta z = \Delta x + \Delta y i\)とおいて極限を考えるが
\[ \small h = |\Delta z| = \sqrt{\Delta x^2+\Delta y^2} \rightarrow 0 \]
という極限を考える。\(\small \Delta x, \Delta y\)の組み合わせは半径\(\small h\)の球面上に存在することになる。1変数の複素関数の微分では、この近傍に含まれる点であれば、\(\small \Delta x, \Delta y\)の取り方にかかわらず、どの方向から近づいて計算される微分係数も等しい場合、その場合に限り関数\(\small f(z)\)は微分可能であるということになる。実関数で考えれば、これは相当に制約的な条件であることは理解できるだろう。二つの変数のうち一つの変数について、微分を計算する点の近傍で方向微分がすべて等しくなければならないという条件に相当している(後述するように、実際に複素関数を\(\small f(z,\bar{z})\)と表す場合、\(\small \partial f/\partial \bar{z}=0\)という条件になっている)。
任意の方向から極限を取っても、微分係数が変わらない条件を求めよう。最初に複素関数を
\[ \small f(z) = u(x,y) + v(x, y)i, \quad z = x + yi \]
と定義する。微分の定義を
\[ \small \frac{df(z)}{dz} = \lim_{\Delta z \rightarrow0} \frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z} \]
極限操作を行う際の幅を
\[ \small \Delta z = h (\epsilon +\sqrt{1-\epsilon^2}\:i) = h (\cos \theta+i\sin\theta) = h e^{i\theta} \]
とそれぞれ定義する。微分が\(\small \epsilon\)や\(\small \theta\)の値に依存せずに計算できる条件を求めれば、微分が可能である条件を定めることができるだろう。
微分の計算の分子について、\(\small \Delta x = h\cos\theta, \Delta y = h\sin\theta\)とおいて計算すると
\[ \small \begin{align*} f(z+\Delta z)-f(z) &= u(x+\Delta x, y+\Delta y)+v(x+\Delta x, y+\Delta y)i \\ &-(u(x,y) + v(x, y)i) \end{align*} \]
となる。\(\small u(x,y),v(x,y)\)は実数関数であるからテーラー展開することができて
\[ \small \begin{align*} &u(x+\Delta x, y+\Delta y) \approx u(x,y)+\frac{\partial u(x,y)}{\partial x}\Delta x+\frac{\partial u(x,y)}{\partial y}\Delta y \\ &v(x+\Delta x, y+\Delta y) \approx v(x,y)+\frac{\partial v(x,y)}{\partial x}\Delta x+\frac{\partial v(x,y)}{\partial y}\Delta y \end{align*} \]
が成り立つ(2次以上のオーダーは無視できるほど小さいものとする)。代入すると
\[ \small \begin{align*} f(z+\Delta z)-f(z) &=\frac{\partial u(x,y)}{\partial x}\Delta x+\frac{\partial u(x,y)}{\partial y}\Delta y \\ &+ \left(\frac{\partial v(x,y)}{\partial x}\Delta x+\frac{\partial v(x,y)}{\partial y}\Delta y\right)i \end{align*} \]
を得る。
\(\small \Delta z\)で約分するため、式を整理すると
\[ \small \begin{align*} f(z+\Delta z)-f(z) &=\frac{\partial u(x,y)}{\partial x}\Delta x+\frac{\partial v(x,y)}{\partial y}\Delta yi \\ &+ \left(\frac{\partial v(x,y)}{\partial x}\Delta x-\frac{\partial u(x,y)}{\partial y}\Delta yi\right)i \end{align*} \]
を得る。このとき、
\[ \small \frac{\partial u(x,y)}{\partial x} =\frac{\partial v(x,y)}{\partial y},\;\;\frac{\partial v(x,y)}{\partial x}=-\frac{\partial u(x,y)}{\partial y} \]
が成り立てば、それぞれの項を\(\small \Delta x + \Delta y i\)でまとめることができて、
\[ \small f(z+\Delta z)-f(z) =\left(\frac{\partial u(x,y)}{\partial x}+\frac{\partial v(x,y)}{\partial x}i\right)(\Delta x + \Delta y i) \]
と表すことができる。右辺の後ろの括弧は\(\small \Delta z\)であったから
\[ \small \frac{df(z)}{dz} = \lim_{\Delta z \rightarrow0} \frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}=\frac{\partial u(x,y)}{\partial x}+\frac{\partial v(x,y)}{\partial x}i \]
となり、\(\small \epsilon\)や\(\small \theta\)の値に依存せず微分係数を計算できることになる。
微分係数が\(\small \theta\)に依存しないようにするために導入した条件式
\[ \small \frac{\partial u(x,y)}{\partial x} =\frac{\partial v(x,y)}{\partial y},\;\;\frac{\partial v(x,y)}{\partial x}=-\frac{\partial u(x,y)}{\partial y} \]
はコーシー-リーマンの関係式と言われ、この式がを満たすことが複素関数が微分できることの必要十分条件になっているということであった。コーシー-リーマンの関係式はしばしば、実軸と虚軸それぞれから近づく場合に計算した時の微分が一致する条件として求められるが、この関係式を満たす場合は複素数平面の任意の方向から近づく場合についても微分が一致することになる。
反対に、非正則関数の場合はどの方向から近づくかで微分の値が異なることに注意する。例えば、\(\small f(z)=\bar{z}\)の場合、実軸から近づく場合、虚軸から近づく場合、斜めから近づく場合でそれぞれ
\[ \small \begin{align*} &\Delta z = h \\ &\Delta z = hi \\ &\Delta z = h\frac{1+i}{\sqrt{2}} \end{align*} \]
と置くと
\[ \small \begin{align*} &\frac{df(z)}{dz} = \lim_{\Delta z \rightarrow0} \frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}=\frac{\overline{z+h}-z}{h} = \frac{h}{h} = 1 \\ &\frac{df(z)}{dz} = \lim_{\Delta z \rightarrow0} \frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}=\frac{\overline{z+ih}-z}{ih} = \frac{-ih}{ih} = -1 \\ &\frac{df(z)}{dz} = \lim_{\Delta z \rightarrow0} \frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}=\frac{\overline{\Delta z}}{\Delta z} = \frac{1-i}{1+i} = -i \end{align*} \]
となり、異なる値をとることになる。非正則関数の微分は値が存在しないというより、値が無数に存在して一意に定めることができないという意味で微分が不可能であるということであった。
まとめ
複素関数論の教科書では、正則関数に関する不思議な性質が記述されるが、実関数と正則関数に違いが生じる根本的な原因は上記のことに起因すると考えられる。複素関数について微分を考える場合、実関数同様に実軸と虚軸の2変数の関数として微分を考える場合は
\[ \small f(z,\bar{z}) = f(z(x,y), \bar{z}(x,y)) = F(x,y) \]
と変数変換しているだけであるから、\(\small z\)と\(\small \bar{z}\)が独立した変数であるかのように偏微分を計算することができる。このように複素関数の微分を考える方法は提唱者の名前からWirtinger微分と言われている。正則関数は
\[ \small \frac{\partial f(z,\bar{z})}{\partial \bar{z}} \equiv 0, \quad \forall z,\bar{z} \]
を満たす関数であり、この式からコーシー-リーマンの関係式を導出することもできる。正則関数や非正則関数の性質を考える場合に
\[ \small \frac{\partial f(z,\bar{z})}{\partial \bar{z}} = g(z,\bar{z}) \]
という方程式を用いる場合もあるようであり、このような方程式は\(\small \bar{\partial}\)方程式(ディーバー方程式)と言われているようである。
複素数の正規分布の稿
で述べたように、複素数の確率分布や確率変数を考える場合、確率密度関数は一般的に正則関数にはならない。例えば、複素数の正規分布の確率分布は
\[ \small p(z, \bar{z}) = \frac{1}{2\pi\sigma}\exp \left(-\frac{(z-\mu_z)(\bar{z}-\mu_{\bar{z}})}{2\sigma^2} \right) \]
で計算されるのであった。この関数は明らかに正則関数ではないため、こういった関数の分析をするためには非正則関数に関する微分や微分方程式の理論が必要になるのだろう。これはシュレディンガー方程式を扱う場合も同様であり、Wirtinger微分を用いてシュレディンガー方程式を考察するとどのようなものになるかの仮説を提示した本が筆者が書いた電子書籍になっているということであった。
参考文献
[1] Ahlfors, Lars V. (1979), Complex Analysis: An Introduction to the Theory of Analytic Functions of One Complex Variable 3rd edition, McGraw-Hill, Inc.(日本語訳:アールフォルス (1981), 複素解析, 現代数学社)
[2] 平野要 (2024), 複素関数とシュレディンガー方程式, Amazon Kindle Store(英語訳:Hirano, Kaname (2024), Complex Functions and Schrödinger Equation, Amazon Kindle Store.)