パレートの法則

経済学

 世の中には不思議と成り立つ経験則のようなものが多数存在する。よく知られている経験則の1つとして、組織や何らかの集合の構成物のうち、上位20%の構成員(構成物)がその組織における80%のリソースを占有するという経験則がある。典型的には、国家や企業における所得配分を上位20%の人で80%を占めているというものである。これを提唱した人物が経済学者のヴィルフレド・パレートであり、この経験則はパレートの法則といわれている。ビジネスでは80:20の法則やニッパチの法則などと言われることもある。現在の先進国で観測される所得分布はパレートの法則ほどの格差があるわけではないように見えるが、実際のところがどうなのかはよくわからない。数学のブログなので、経済学的あるいは社会学的な考察は最後に簡単に述べるにとどめて、この法則について簡単に数式を追いかけてみよう。

 所得額が\(\small x\)の国民が上位\(\small \xi \)%以内に入るという所得分布の関数が

\[ \xi=P(x) = cx^{-a} \ \]

に従うというのがパレートの法則である。\(\small a \)が小さいほど格差が大きい所得分布になる。\( \small P(x)\leq 1 \)でなければならないため、所得の下限値を定めることができて

\[ \underline{x}=\sqrt[a]{c} \]

を得る。このとき、

\[ P(\underline{x}) = 1 \]

が成り立つ。同様にして、上位20%に入るための所得は

\[ \dot{x}=\sqrt[a]{5c} \]

で与えられる。上位20%の国民の所得総額が80%を占めるということは

\[ \frac{\int_{\dot{x}}^\infty x\frac{dP(x)}{dx} dx}{\int_{\underline{x}}^\infty x\frac{dP(x)}{dx} dx} = 0.8 \]

と表すことができるだろう。符号が紛らわしいが、

\[ p(x)=-\frac{dP(x)}{dx} = acx^{-a-1} \]

を得る。不定積分を計算すると

\[ \int xp(x) dx = -ac\frac{x^{1-a}}{a-1}+C \]

であるから、\(\small a>1\)を仮定すると

\[ \int_{\dot{x}}^\infty x p(x) dx = ac\frac{\dot{x}^{1-a}}{a-1} \\ \int_{\underline{x}}^\infty x p(x) dx = ac\frac{\underline{x}^{1-a}}{a-1} \]

が成り立つ。

 元の式に代入すれば

\[ \dot{x}^{1-a} = 0.8\underline{x}^{1-a} \]

したがって、

\[ 5^{\frac{1-a}{a}}c^{\frac{1-a}{a}} = 0.8c^{\frac{1-a}{a}} \]

が成り立つ。そのため、パラメータ\( \small a \)を

\[ 5^{\frac{1-a}{a}} = 0.8 \]

を満たすように定めればよい。実際に計算すると

\[ a=\frac{1}{1+\log_5 0.8}\approx 1.161 \]

を得る。これがパレートの法則を成り立たせるパラメータの値ということになる。現実に観測される\(\small a\)は1.5~2.5程度と言われており、パレートの法則が想定している格差は現実に観測される所得分布よりは格差が大きいパラメータを想定しているということになるかもしれない。総所得を1になるように基準化するためには

\[ \int_{\underline{x}}^\infty x\frac{dP(x)}{dx} dx = ac\frac{\underline{x}^{1-a}}{a-1} = 1 \]

から

\[ c=\left(\frac{a-1}{a}\right)^a \]

と定めればよいだろう。

 ここまでの計算では所得額\(\small x\)に関する所得分布を考えたが、所得上位者何%という軸に対する所得分布を考えよう。(所得が低い順に並べたいため)上位\(\small (1-\delta)\)%の所得と人口密度はパレートの所得分布から

\[ \begin{array}{l} x_\delta = \sqrt[a]{\frac{c}{1-\delta}} \\ P(\delta) = cx_\delta^{-a} = 1-\delta \\ p_\delta = \frac{dP(\delta)}{d\delta} =-1 \end{array} \]

と表すことができる。この\(\small \delta\)について所得分布を計算した関数

\[ L(z) = \int_0^z x_\delta p_\delta \;d\delta, \quad z \in[0,1] \]

はローレンツ曲線といわれる。計算すると

\[ \begin{align} L(z) &=-c^{1/a}\int_0^z (1-\delta)^{-1/a} \; d\delta = c^{1/a} \left[- \frac{a}{a-1} (1-\delta)^{\frac{a-1}{a}} \right]_0^z \\ &= c^{1/a}\frac{a}{a-1}\left(1-(1-z)^\frac{a-1}{a}\right) \end{align} \]

を得る。総所得を1になるように基準化した場合は

\[ L(z) = 1-(1-z)^\frac{a-1}{a} \]

となる。ローレンツ曲線をさらに\(\small z\)で積分した

\[ G = 1-2 \int_{0}^1 L(z)dz \]

はジニ係数という所得分布の不平等の程度を表す指標として用いられている。計算する(計算がめんどくさいので数式処理ソフトで計算する)と

\[ \int_{0}^1 L(z)dz = \frac{a-1}{2a-1} \]

したがって、ジニ係数は

\[ G = \frac{1}{2a-1} \]

と計算できる。パレートの法則\(\small a=1.161\)を代入すると、\(\small G=0.756\)となってしまい、相当な格差がある所得配分となる。現実的な数値\(\small a=1.5\sim2.5\)では、ジニ係数は0.25から0.5ぐらいになるということだろう。ちなみに、\(\small a\leq1\)では高額所得者の所得が無限に発散する(積分が計算できない)ためジニ係数は1になってしまうようである。

 数式ばかりでイメージがわきづらいと思うので、日本の所得分布で比較してみよう。最低賃金を時給1000円、月160時間とすれば、最低所得は192万円と想定できるだろう(まあ、異論がある人はたくさんいるかもしれないけど)。\(\small a=1.161 \)とすれば\(\small c=19710009 \)である。この場合における上位20%に入るための所得額を計算すると、実は最低所得のちょうど4倍であり、768万円となる。同様にして、上位10%は1395万円、上位5%は2534万円、上位1%は10139万円となる。これは、現実より高すぎる金額に見える。日本のジニ係数に合うように\(\small a \)の値を調整すると、日本の所得再分配前のジニ係数は0.57(税金などを考慮した後は0.38)であるらしいので、\(\small a=1.3772 \)ぐらいに相当する。同様の計算を適用すると上位20%に入るための所得額は618万円、上位10%は1022万円、上位5%は1690万円、上位1%は5439万円となる。まあ、当たらずとも遠からずという水準になるだろうか。年収600万円以下が労働者階級、年収600~2000万円ぐらいが中産階級、それ以上が資本家階級というイメージになるかもしれない。

 最後に、近似的であるにしてもなぜこのような構造が生じがちであるのか社会学的な視点から考察を述べて終わりにしよう。人間の組織というのは基本的に管理する(支配する)人と管理される(支配される)人という関係性で構築されるが、管理する人と管理される人の人数構成がべき乗則に従うためであると推測される。例えば、一人の管理者が二人の人員を管理するという場合、組織ではこの管理体系は入れ子構造(ピラミッド組織)になることがほとんどである。すなわち、一人の社長が二人の取締役を管理する、その二人の取締役はそれぞれ二人の部長を管理する、四人の部長はそれぞれ二人の課長を管理する・・・というようにべき乗的に組織の構成員を序列付けして管理する傾向があるということである。これが国家という巨大な組織で考えても同様の法則が成り立っているということだろう。

 もちろん、一人の管理者が管理する人員は二人とは限らないし、各階層における所得配分というのは各組織における利益配分のポリシーによる部分もあるので一概には言えないかもしれない。しかし、人間はどうも社会の構造を4階層で考えるという傾向があるらしく、上位の階層が下位の階層を支配できるように資源を配分しなければならないという考え方をしているように思える。この場合、4つの階層の人員構成を1:2:4:8という風にしたときに、資源の配分を8:4:2:1とすれば、上位の階層は仮に下位の階層が結託して反乱を起こしても抑え込めるだけの資源を持っていることになるだろう。この配分が上位20%(上位の2階層)が80%の資源を占有するという経験則につながっているのかもしれない。ちなみに、GvG(Guild vs. Guild)のソーシャルゲームで1つのグループの構成員の数が15人である(リーダーが一人、サブリーダーが二人)ということがしばしばあるが、これを意識してゲームの設計を行っているものなのだろう。

参考文献

[1] Koch, Richard. 2001. The 80/20 Principle: The Secret of Achieving More with Less. Nicholas Brealey Publishing.

[2] Pareto, Vilfredo. 1896. Cour d’Economie Politique (Course of Political Economy). Laussanne.

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