株式市場では市場平均に勝つことができないのか

経済学

概要

 筆者は金融工学の専門家である書いていたが、このブログではほとんど金融理論について触れてこなかった。どうせ書くならマニアックな専門的なことを書きたい気がするが、今回は一般的な話で、よく言われる”株式市場では市場平均に勝つことができない”という議論を平易に説明してみようと思う。もちろん、この主張はどのような状況においても正しいという議論ではないし、経済学におけるある意味で理想化された市場モデルの下で成り立つ主張である。どのような前提のもとに成り立つ主張であるかを理解することで、現実の市場では本当のところどうなの?という議論をすることが可能であろう。また、このサイトではここ1年半ぐらいポーカーの話を扱ってきたので、ポーカー理論と絡めて説明してみようと思う。

※キオクシアの掲示板ばかり見てるせいで、アイキャッチをキオクシアのチャート(インデックス投資とはある意味で真逆の画像)にしてしまった・・・

GTO戦略としてのインデックスファンド投資

 ”株式市場では市場平均に勝つことができない”という主張を証明するためには、”ある意味で理想化された市場モデル”という仮定が必要になる。この仮定は金融経済学や金融工学において非常に中心的なものであり、金融工学という学問はこの仮定が学問としての基本原理と言ってよいものである。その仮定は”効率的市場仮説”(EMH: Efficient Market Hypothesis)という仮説である。仮説と書いたのは、現実の金融市場ではこの仮説は一般的に成り立っていないし、どちらかと言えば否定的な証拠を提出したがる経済学者は少なくない。しかし、近似的には金融市場の本質を捉えている仮説であると考えられているし、デリバティブなどの金融商品はこの仮説のもとにプライシングされて取引されている。

 効率的市場仮説がどういう仮説であるかというと、金融市場は考えうるすべての情報を反映して市場価格を決定しており、ファンダメンタルな情報は即時に反映されると考える仮説である。結果として、情報や知識などを活用してもプラスのリターンを得ることができないことになり、株価などの市場価格はランダムウォークになる。言い換えれば、投資という経済活動は運頼みのギャンブルと変わらないということになる。

 このとき、時価総額加重平均型の市場ポートフォリオはリスクに対して最も高いリターンを得られる最も効率的なポートフォリオになることが現代ポートフォリオ理論で証明されている(効率的フロンティア(Efficient Frontier)と言われるリターンに対してリスクが最も低いポートフォリオの集合に含まれる)。このポートフォリオから外れた個別株のポートフォリオを作っても期待リターンが変わらないにもかかわらずリスクだけが上昇するということになる。

 結局、この仮説の下では、投資家は全員全く同じポートフォリオを持つことが合理的であり、そこから外れたポートフォリオを作っても、それは期待値マイナスプレイ(エクスプロイトされる戦略)にしかならないということになる。そして、市場参加者が全員同じポートフォリオを持つとしたら、それは市場平均ポートフォリオ以外にはあり得ないということになる。言い換えれば、効率的市場仮説の下では、市場平均ポートフォリオに投資することがポーカーでいうところのGTO戦略になっているということになる。

 もちろん、現実には情報の非対称性(インサイダー情報や情報取集能力の差異)は存在するし、金融市場の知識を持っていないのに自分の全財産を投資に賭けるという人も現実には少なくないだろう(意思決定の非合理性)。ポーカーで言えば、手札の強さを正しく評価できないプレイヤーやミスプレイを頻繁に行うプレイヤーが多くいれば、エクスプロイト(搾取)戦略を用いて利益を奪い取ることができるということになる。効率的市場仮説が成り立たない市場では

  • 非合理なプレイヤーの存在により、パニック売り(恐怖)やイナゴ投資(強欲)など、心理的要因で価格が適正値から大きく乖離することがある。
  • 相手がミスをしている(価格が歪んでいる)ならば、市場平均ポートフォリオ(GTO)を維持するよりも、その歪みを突く戦略(バリュー投資、モメンタム投資、クオンツ運用など)を採用する方が期待値が高くなる。

ということになる。

 まとめると、インデックスファンド投資(市場平均ポートフォリオ投資)の本質は、

  1. 自分は市場の歪みを見つけることができない(エクスプロイトできない)
  2. それならば、誰からも搾取されない防御100%のGTO戦略に徹する

と表現できるだろう。こういった戦略であるから、しばしばインデックスファンド投資はパッシブ投資戦略と言われることがある。ポーカープレイヤーであれば、普通に強いけど、がちがちに守りを固めているつまらない奴ということになるかもしれない。大勝はできないけど、負けづらい戦略を取っているプレイヤーということになるだろう。全員がGTO戦略を採用する効率的市場仮説の下では唯一無二の不敗戦略がインデックスファンド投資ということになる。

エクスプロイト戦略としての順張りと逆張り

 まあ、そうはいっても現実の世界が効率的市場仮説を満たす市場であれば、株式市場はただのギャンブル場だし、投資戦略など考えるだけ無駄ということになってしまって、話が終わってしまうので、以下では効率的市場仮説を否定した議論をしていこう。市場平均とは異なる構成のポートフォリオを持ったり、タイミングを計って市場で売買することで市場平均を上回るリターンを得ようとする投資戦略はアクティブ投資戦略と言われる。

 効率的市場仮説の下ではファンダメンタル分析やテクニカル分析を用いたトレンドフォロー/逆張りなどの戦略はすべて無効であり、これらの分析を用いて投資を行う戦略を採用するということは効率的市場仮説を支持しないということを意味する。ファンダメンタル投資やテクニカル分析に基づいたモメンタム投資や逆張り投資は、いずれも市場の非効率性や不合理性をついたエクスプロイト戦略と位置付けることができる。

 ファンダメンタル分析では割安株に投資するバリュー投資と成長性に投資するグロース投資が基本的な戦略になるだろう。成長性もなく割安でもない株がその人気のなさゆえに急騰するということもあるが、これは仕手株(ボロ株)投資と言われる。大口の機関投資家などはやらないだろうが、個人投資家の間ではそこそこ認知された投資戦略になっている。いずれも割安性や成長性が株価に反映されていない市場の非効率性を前提にした投資戦略になっている。

 テクニカル分析ではチャート分析を中心に株価のトレンドを予測し、トレンドに沿う取引を行う(トレンドフォロー、モメンタム投資)か、それに逆行する取引を行う(逆張り)かで分類される。パターン分析を元にトレンドと関係なく短期の売買を繰り返すデイトレードやスイングトレードという取引形態もよく用いられる。個人投資家の中には自分がトレンドフォローなのか逆張りなのかよくわからないで取引していることも少なくないのかもしれない。いずれも株価の自己相関係数が0でないことを前提にした取引手法であり、自己相関係数が0(ランダムウォーク)になる効率的市場仮説とは相容れない取引戦略になっている。

 個人投資家など少額の投資資金運用であればアクティブ投資戦略でも勝算があるかもしれない。しかし、数兆円を超える規模の運用を行う機関投資家ではアクティブ投資戦略の平均リターンはインデックスファンドのリターンを下回ることが実証分析されている。そのため、年金などの巨額の資産を運用する機関投資家はほとんどの株式投資資金をインデックスファンドに割り当てていると考えられる。

ヘッジファンドはトレンドやリバーサルをどのように検知するか

 前節の説明通り、年金や保険会社、投資信託などの機関投資家はファンダメンタルに基づいて売買する傾向があるし、現在ではパッシブ投資戦略(インデックス投資)を採用していることがほとんどであると推測される。そのため、個別銘柄の短期売買においては大きな影響力を持たないことが多い。短期の値動きで重要なプレイヤーはCTAやクォンツファンドと言われるアルゴリズムによるシステム売買で取引を行うヘッジファンドであり、短期的なトレンドやリバーサルはこれらの機関投資家のアルゴリズムが形成している可能性が高い。これらの業者は一般に名前を知られることがほとんどないが、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーなどの外資系投資銀行の信用取引を利用して市場に参加していることが多いと推測される。これら機関投資家向けのサービスはプライムブローカーと言われている。

 ちなみに、筆者の認識ではゴールドマンサックスやモルガンスタンレーなどの外資系投資銀行は現在において自己勘定で相場を張るような取引はほとんど行っていない。大量保有報告や空売り情報に登場するこれらの金融機関のポジションはヘッジファンドなど顧客による信用取引によるものであり、相場を支配し株価を動かすような取引をしているのはこれらの外資系投資銀行が抱えるヘッジファンドなどの顧客であると推測される。したがって、研究すべきは証券会社の取引手口ではなく、その裏方に隠れているヘッジファンド(CTAや短期売買中心のクォンツファンド)の取引戦略であると推測できる。

 それでは、ヘッジファンドなどの短期売買を中心とした投機筋はどのような手段で株価のトレンドを読んだり、その転換点を定めているのだろうか。個人投資家のようにチャート分析をしたり、もう少し洗練された数理モデルを用いたクォンツ分析を用いている場合もあるが、現実にはオルタナティブデータと言われる個人投資家が一般に利用することができないデータに基づいて判断しているようである。

 オルタナティブデータにはSNSの投稿やYahoo掲示板の投稿データ(板読みというと注文板を分析することであるが、掲示板の投稿を読むことを板読みという人もいるらしい)みたいなものも含まれるが、現実にはそれほど重要なデータであるとは思われない。オルタナティブデータのうち、特に重要なデータはPFOF(Payment for Order Flow)である。証券会社のうち、ネット証券やディスカウントブローカーの一部は顧客の注文データやポジションデータを集計したデータを有料でヘッジファンドなどに販売しており、ヘッジファンドは一般大衆がどれくらいの価格でポジションを取っているか損失をどれくらい抱えているかなどのデータを把握しながら取引を行っているということである。

 もちろん、すべての証券会社のデータを入手できるわけではないし、ネット証券やディスカウントブローカーの顧客は小口の個人投資家がほとんどであり、個人投資家全体の取引動向など捕捉できないと思うかもしれない。しかし、統計データというのはごく一部のデータを観測するだけで全体像を推測することができることが多い。選挙の際に開票率が1%にも満たないにもかかわらず、当選確実などの結果が出るが、株式取引でも1%でもデータが分かれば全体は大体似たり寄ったりのデータになることが知られている。結果としてヘッジファンドのアルゴリズムは個人投資家の売買動向や損益の状況を把握しながら、それらの投資家が最も損をするように売買を行って株価を動かすことができる、ということになる。

 個人投資家はこういった状況をチャート分析をすることで必死に推測しようとするが、ヘッジファンドはそれをさらに精緻に推測できるデータを利用しているし、大きな資金力を利用して株価に影響力を行使することで利益を得ようとしているということで、テクニカル分析による売買というのはヘッジファンドの戦略の前では優位性を確保しづらいという側面があることに注意が必要である。テクニカル分析を用いるならば、単純なチャートパターンを覚えるだけではなく、背景にある一般大衆がどれくらいの価格でポジションを取っているか、損失をどれくらい抱えているか、などの情報を推測する想像力が必要になるだろう。

ヘッジファンドはどのように決算ギャンブルするか

 ファンダメンタル分析による投資というと長期投資を思い浮かべるかもしれないが、ファンダメンタル分析による短期売買を行うことも可能であり、決算発表の直前、あるいは、直後にポジションを取って、短期のうちにポジションを清算する取引を行うことで実現できる。うまく取引することで短期で非常に高いリターンを獲得することができる。しばしば決算ギャンブルと言われるが、こういった戦略をとるヘッジファンドはイベントドリブン型のヘッジファンドと言われる。

 もちろん、人間のアナリストが決算の予想をして取引する場合もあるだろうが、ここでも主役になるのはアルゴリズムによるシステム売買だろう。決算発表直後に急騰したり、急落する値動きを引き起こしているのはアルゴリズムによるシステム売買に原因がある。日中に決算発表が行われる場合、発表直後に乱高下したり、急騰・急落したりするため、どうやって判断してるんだよと疑問に思うことがあるかもしれない。

 もちろん、これは人間が判断しているわけではなくアルゴリズムで判定して注文が行われている。pdfファイルを一瞬でAIで読んでいるのかよと思うかもしれないが、決算データはpdfファイル以外にもシステム処理しやすいようにXBRLファイルというものが公表されており、これを読み込むことで決算データの数値などは一瞬でデータ処理することができる。発表されたデータとアルゴリズムが予想している決算データを比較して上回れば買い注文、下回れば売り注文を自動で出すということになるだろう。

 この際のアルゴリズムの予想している決算データは内部的に予想する場合もあるかもしれないが、一般的には各証券会社が発表するアナリスト予想をデータとして用いることが多いようである。そのため、発表された決算データとアナリスト予想の比較で上回ると買いが出やすいし、下回ると売りが出やすいということになるだろう。もちろん、前節で説明した通り決算データ以外にもオーダーフローのデータも見ているので、仮に決算が良くても事前に個人投資家が多く買っているような場合は下落するということもある。しばしば”好材料織り込み済み”(反対は”悪材料出尽くし”)と言われる事象である。純粋に決算データだけ見ていると期待を裏切られることも少なくないので注意が必要だろう。

まとめ:「YouTube化」した現代の株式市場

 株式市場がヘッジファンドが提供するアルゴリズムが支配するプラットフォームと化しているという仮説を説明してきた。これらの仕組みの本質はGoogleの検索アルゴリズムやYouTubeのレコメンドシステムと完全に同じ構造を持っている。このような仕組みは、金融の世界では「アテンション(注目度)ベースのトレーディングアルゴリズム」と言われるらしい。YouTubeがクリック率や視聴回数が急増中の動画をおすすめに表示することで視聴者を誘導するように、ヘッジファンドもニュースや決算情報、個人投資家の注文データをモニタリングし、自分たちが利益を上げやすいように市場全体のトレンドを形成して、個人投資家の行動を誘導していると考えられる。

 このような市場では、株価を形成するファンダメンタル情報の分析やテクニカル分析を通じた投資家心理の分析があまり有効ではなく(もちろん全く無効であるとは言えないけど)、ヘッジファンドが提供するアルゴリズムにどれだけ最適化した行動がとれるかが、市場において利益を上げる重要な要因になっているということになるだろう。そして、多くの個人投資家にとってそのアルゴリズムはブラックボックスになっており、理解が困難なものになっている。

 以上の考察から、テクニカル分析によるモメンタム投資(あるいは、逆張り投資)であれ、ファンダメンタル分析による決算ギャンブルであれ、よほど洗練された知識や分析が無ければヘッジファンドの餌食になって終わることが多いと推測できるだろう。その多くが期待値マイナスのギャンブル(パチンコみたいなもの)でしかなく、多くの投資家が、たまに勝つことがあるにしても、長期的には資金を奪われて退場するハメになる傾向があることはよく知られていることだろう。

 もちろん、だからと言ってインデックスファンド投資以外するなというのも魅力がない話だろう。インデックスファンド投資の平均リターンは年7%程度と言われるが、貧乏人が年7%のリターンを得たところで、金持ちになる前に寿命を迎えることになるという現実も同時に横たわっている。運よく巨額の資産を得た人が10年後ぐらいに投資で全財産を失うということも頻繁にあるぐらいに、投資というギャンブルはまぐれが継続する可能性もある。投資で得た利益が運によるものなのか、運用スキルによって得られたものなのかの区別をどうやってつければよいのかも、金融理論では重要な問題になっている。